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俺は気分が落ち着けるまで校内をウロついた。
元気よく俺に挨拶をする生徒に対しても、引きつった笑みでしか返せない。
――さっき確信してしまった自分の気持ちが信じられない。
有り得ないことだ。きっと混乱してて、おかしくなってるんだ。明日になればきっと今まで通りに出来る。
そう思えば思うほど、胸は締め付けられて苦しくなる。
さっき見た二人のキスシーンが頭から離れず、思い出せば鼻の奥がツンとした。
しばらく歩いて、俺は職員室に戻ってきた。
誰も居ない室内に、俺がドアを開ける音だけが虚しく響く。
「はぁ……」
無意識に出た溜め息も、閑静な空間に反響し、苦笑する。
俺は自分の席に着くと、途中まで採点したプリントの山に視線を落とす。
気持ちを切り替えて続きをしようと赤ペンを握り、何とか途中までだった一枚を仕上げて捲る。
が、それから手が動いてくれない。
「…何で俺、こんな疲れちゃったんだろ…」
思えば昨日の屋上から全ては始まった。
神楽の寝顔を見て、初めて言葉を交わした。
その日の夜。ラブホの前で偶然会って、家に連れていった。
その時、初めて神楽の胸の内を聞いた。
そして………キス、された。
触れるだけのキスなのに、たった数秒だけのキスなのに。今でも鮮明に覚えてる。
手と唇の感触も、伝わった体温も。思い出せば身体の奥が熱くなる。
不良のイメージがある神楽。だけど、実際はちょっと違った。
確かに自分を束縛する規則は嫌うし、身勝手で強引だし、山科先生に見せる一面は恐怖心を感じてしまうところもあって、手に余ることは沢山あるけど。
時々見せる子供っぽい態度や表情、俺に対しては絶対に敬語で、悪びれた部分はあまり見せなくて、一途に気持ちをぶつけてくる。
神楽はただ…自分の気持ちに素直なだけで…。
「はは…俺、さっきから、神楽のことばっかだな…」
自嘲気味に笑って、ハッとする。
採点しなきゃいけないプリントの一番上にあった一枚。
そのプリントの名前は『神楽 羚真』と書かれてあって…またプリントの端に何か書いてあった。
そこにあった文字に、俺は息を詰まらせる。
《先生、愛してます》
途端に昨日からの映像が頭の中に流れ出す。
(目覚めのキスくらい、してくれてもよかったのに)
(先生が好きなら俺も好きになれますね)
(その笑顔、今は俺だけに向けられてるものだから)
(俺、ずっと先生が好きなんです)
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