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一瞬頭が真っ白になった。ついで、顔中が暑くなる。「そこまで恥ずかしがるなよ」
とおかしそうにロイが言う。
「お前、俺に会いたがるような物好きな娘がいるはずがないだろう」
ひっくり返った声で言ったカーリンに「居るんだな、それが」とロイが応じる。「世の中には色んな奴が居るんだ。その中には物好きな奴もいる」と皮肉を交えて続けたロイはカーリンの手をとると歩き出した。
「勘違いすんじゃねえぞ」と最早フォーンスタング家の者とは到底思えない言葉を周囲に怒鳴り散らしながら歩いていくロイに「誰も勘違いしないだろ」と指摘したカーリンに「勘違いされたら俺の楽しみがなくなるからな」とロイが応じた。
闘技場からは歓声が響き渡り、狂気に酔った者達が狂宴を続けていることをカーリンに教えた。
「フアマ家のお嬢さんと会ったことは?」
とロイが言ったのは、闘技場からの声が聞こえなくなった頃だった。
その頃には2人は手を放しており、だだっ広いファスの道を我が物顔で歩いていた。
殆んどの市民は闘技場に行っている。
今日は一年に一度の大闘技大会で、基本的には貴族の決闘が行われるが、時には平民が闘う。
カーリンのように毛嫌いされる一族は恥ずかしくないところまで勝ち上がり、後は棄権するのが常だった。だから、道を歩いているのは闘技大会に縁のない恵まれていない学者か浮浪者、後は闘技大会そのものが嫌いな少数の人々。
「フアマのお嬢さんは決闘が大嫌いらしい」
「なら俺は望みがないじゃないか」
続けたロイにカーリンはそう応じておいた。
「ところが、だ。お嬢さんはお前にお熱だ」
ロイがお忍びであちこちの酒屋を渡り歩いているという噂は本当のようだ。
「何故?」
「そりゃお前。お前のそのちょっと影のあるところに惚れたんじゃないか?」
「影?」
と応じたカーリンに「まあ、そうとしか言いようがないな」とロイが言った。
「でも、俺は」
「たしかにお前は暗いが、中にはお前を気にかけてる奴も居るんだよ」
「同情はいらないよ」
と言ったものの、カーリンはフアマの娘のことを思い出していた。
一度会った事がある。
いつどこで、何故会ったのかは覚えていないが、とにかく会った事がある。
「同情なんかじゃない。わかってるだろ?」
と言ったロイに頷いた。
「着いたぞ。フアマの館だ」
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