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そう教えてくれた男の名前をカーリンは知っている。マグリ・フアマ。バラフ・フアマの父、つまりこれから会うロイザの祖父。
恵まれない天才の紡ぎ出した言葉は、カーリンの骨肉となり、今も生きている。自分が恵まれない天才だとは思わない。
恵まれていないとも思わないようにしていた。
確かに、貴族の中では恵まれていない部類に入るだろう。
しかし、だからといってその日の食事には困らない。母がカーリンを産んだ後、子供を産めない体になってしまったからとはいえ、仮に弟や妹が生まれていても、彼らが幼くして命を落とすことはまずなかっただろう。
だが、平民にはその日食べる食事もなく、多くの兄弟が死に、自分の子が死ぬのを見た者で溢れている。
その現実を無視して『ラミナスは平等で、等しく我々を救う』と言える人の精神構造とはなんなのか。
『汚い部分』には目をつむり、都合の良いことのみを広めるのが宗教か。伝道か。その事実を知りながら尚、神の救いを期待するのが信仰か。
しかし、信仰のない世界は闇である。
母は、ラミナスへの信仰により命を繋いでいる。もはや子供を産めない体になったのは、きっと何かの意味があるに違いない、と信じている。しかし、家族から笑顔を奪い、自分から弟や妹を奪う権利が神にあるのか。
その意味とは何なのか。それ程までに思って信仰する価値がそもそもこのラミナ教にはあるのか。
「君がイマニモフの?」
と言った声にカーリンは物思いから覚めた。
少しかび臭い長椅子に腰掛けヌェル(ココアのようなもの)が入った飲み口が少し黄ばんでいるカップを手にした状態のまま固まっていたのであろう我が身を悟り、かっと体が熱くなるのがわかった。
「はい」
とだけ答えたカーリンは、微笑んでいるロイザにちらと視線をやった。
というか、微笑んでいるだけなのだが。
本当に彼女も変人なのだろうか、と思ってしまったカーリンは「娘が気になるのかね?」と言ったバラフ・フアマの声に慌ててそちらを向いた。
ロイザは美しい娘だ。
貴族の娘が備えるべき、白くきめ細かな肌はみずみずしさを伴っている。瞳は澄んだ青で、鼻は高いのだが、小鼻はかわいらしい。小鼻の先は心持ち桃色で、それが彼女の可愛らしさを更に引き立てている。髪の色は日の光を浴びて艶やかに輝く灰色に近い黒。
長く細い指は繊細な印象を与えている。長いスカートに隠されて見えない足は、しかし、細く華奢なのだろう。
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