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ウルマ・ロイエンは貴族ではない。
だから、ロイとの結婚は認められていない。しかし、ロイは彼女以外の女と結婚するつもりはなかった。
女遊びに走るようになったのも、昔のしきたりが彼女との結婚を阻んだ翌日からだった。
その時、初めてロイは女を抱いた。美しいとはいえないある貴族の妻だった。
以来、彼女と幾度か逢い引きを重ねたが、ある日彼女が結婚を申し込んできた。それ以来、彼女とは会っていない。
その後は変装して街に出て、その日限りの女と寝る毎日が続いた。
カーリンやイマヌエルはその事実を知っているし、ロイがそうなってしまった過程も心得ている。
ウルマも、或いは感付いているのかもしれない。
が、賢い彼女はそんなことはおくびにも出さず、時折あるという求婚の申し出も断っているらしい。
自分には過ぎた相手だ、とロイは常々思っていた。
健気過ぎるし、賢過ぎる。そんなことをいえば父は「健気なのは認めるが賢いというのはどうかな」とわらう筈だ。
世を捨てた学者ぶってみたところで、所詮俗物に過ぎない。
カーリンのいう狭い世界に籠り、そこで読んだ文字だけで世界を認識したつもりになっているつまらない人間が父だ。
賢さには勉学以外のものがあることをロイは知っている。何かしらの秘密があればあらゆる知識を利用してそれを聞き出すのが賢さだと父は、フォーンスタングの家の者は言う。しかし、時には秘密を知っても知らぬ振りをするという賢さがある。
それは優しさに裏打ちされた賢さだ。
時に、優しさはあらゆる知識をもってしても救えない病を救う。
学者らしらぬ、とカーリンはよくロイを評すが、その学者らしらぬ部分はウルマとの会話の中で生まれたとロイは思うことにしていた。
ならば、尚更彼女以外と結婚はできないな、とイマヌエルは言うが、その通りだった。
ウルマの家は異教徒の国から輸入されたヌェルの販売許可が降りた為、最近あちこちで見受けられるようになった喫茶店だ。
ファスの街がどことなく甘ったるい空気に包まれているのもその為かもしれない。
「カーリンは?」
と尋ねたイマヌエルに「女のとこ」とわざと下卑た声と言葉で応じた。
「へぇ」
と相づちを打ちつつ、隣に腰掛けたウルマが、顔をすっぽり隠せるフードがついた長衣をかけてくれた。
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