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自分の顔が見られてはまずいが、イマヌエルの顔が見られるに越したことはない。
この喫茶店はイマヌエルの祖父母の邸宅のすぐ近くで、彼はよくここに遊びに来るからだ。
それに付き合ったある日、ロイはウルマと出会った。2人が恋に落ちるのに時間はかからなかった。
「ところでイマヌエル。お前はどうしてそうも弱いんだ?」
と意地悪く言ったロイに「なんてこと言うの」とウルマがたしなめる声を出した。
「手抜きでもしてんのか?」
と更に詰め寄り言ったロイに、イマヌエルが少し後ずさる。
「そういう訳じゃないけど……」
とぼそぼそと言ったイマヌエルが顔を背けたがお構い無しに「じゃ、どういう訳だ?」と更に深く切り込んだ。
「あんまり好きじゃないから」
と蚊の鳴くような声で言ったイマヌエルに思わずウルマが吹き出す。
全く変化のないイマヌエルに多少の苛立ちを感じつつも、こいつらしい、と何故か安心している自分が居ることにもロイは気づいた。変わる勇気と変わらない勇気。どちらも同じくらい大事なもので、自分やカーリンが変わる勇気で以て自分の道を切り開いているのに対して、イマヌエルは変わらない勇気で以て人生という激流に流されようとしている。
それは確かに勇気のいる行為だ。
しかし、それではイマヌエルは今のままである。
それで良い筈はない。それは彼もわかっているのだろう。
だが、そのきっかけがなかった。
恐らく、イマヌエルの剣は磨けば輝く筈だ。
それはそのはずで、腐ってもイマヌエルはオルレイの血を継いでいる。
イマヌエルが剣を振るわないのは優しいからではない。
単に臆病者だからだ。彼の家は優れた剣と高潔な人柄を以てして名を上げた。
そういう訳で、彼は政治に走ることは許されていないし、そのつもりもないようだった。
が、ならば尚更剣の腕を磨かねばならないのだが、そのつもりもないらしい。
「お前らしいっちゃお前らしいんだがな」
と応じておいたロイはウルマに目をやった。
楽しげに微笑んでいる彼女は美しいと思う。
抱きしめたくなる衝動をこらえたロイは「で、お前はどうしてここに?」とイマヌエルに聞いてみた。
理由はわかっている。
負けて家に帰れなくなったので祖父母を訪れてみたものの、剣に関しては厳しいという祖父のことを思い出したのだろう。
それで手持ちぶさたの時間を紛らわす為にここに来た。
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