その1

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「ウタちゃーん、いつものね」 「はーい!」 ここは とある海岸通の喫茶店。 名前は『喫茶 シロクマ』 山と海ばかりのこの地に、ハイカラな食事処とあって毎日来てくれる常連客も少なくない。 かといって、一日中忙しいかといえばそうでもない。 めいいっぱい忙しくなるのは 夏、海水浴シーズンとか。 もうじき、その夏が来る。 私、片岡 詩子【カタオカ ウタコ】にとってシロクマで過ごす初めての夏だ。 早いもので、ここに来てから二ヶ月が経とうとしている。 結構、慣れたよなぁ。 物思いにふけりながら、珈琲がいれられるようになったもの。 特に慣れたのが…… ドン! ガン! 表玄関ではなく裏玄関、私達従業員の出入り口からドアを叩く音がする。 二回目は たぶん、蹴りだ。 「この叩き方、フゥちゃんじゃないのか?お呼びだな」 「…ですよね。見て来ます。あっ!珈琲、お待ちどうさま」 厨房を通り抜け 物置場に出ると裏玄関がある。 相変わらず、ドアを叩く音は 鳴り止まない。 「こぉらっ!フゥちゃん、お仕事中だよ。お家に居なきゃ駄目だよ」 「うーたん、めっ!やぁ。あしょぶの」 ニコニコと罪のない笑顔を振り撒きながら、足に絡み付いて来たのは―― 喫茶シロクマのマスター 愛田 惣次郎【アイダ ソウジロウ】の末っ子、風子【フウコ】一歳だ。 何故か、とても懐かれていて毎日家を抜け出し、私に会いに来てくれるのだ。 嬉しいけど 困っちゃうんだよね。 .
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