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「あんな化け物、生まなければよかったんだ!」
「何て事を言うの!」
父の化け物という言葉に胸が張り裂けそうになる。父も母もヒステリック気味になって口論している。夫婦喧嘩などという境界線とはまた別な、ドロドロした気持ち悪さが少女の胸に残る。
「もういい!俺があの化け物を殺してやる!」
言って父はキッチンにあった包丁を掴みドアの前まで行こうとした。
「待って!……あっ!」
「っ!?」
必死に男を止めようとする母を、父が振り払った際に、包丁が母の肩をかすって血が滲みだしてきた。
騒ぐほど深くはない。けれども目立たないわけではない傷。
「あ……」
腕を伝い、流れる血は、暗い廊下からでも視認することができた。
故意でないのは父も母も、常識ある大人である両方ならわかっていたはずだ。
だがそれは見たまま、子供の眼には「父親が母親を包丁で切った」という事実。わざとではないにせよ、純粋な子供には少なくともその事実だけあれば、状況の把握は容易だった。
母は肩の傷口を押さえ、瞳は父が思い止まることを信じている。反対に父は、とんでもないことをしてしまったという表情には焦りの色も見える。
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