蒼穹の彼方

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 俺の手を離れたサングラスが切り立った崖を、音もなく(きら)めきながら転がり落ち、波間に消える。  さらわれた手紙が高く高く空へ昇り、やがて見えなくなった。 「緑音。ずっと――」  緑音の影を撫でるように手を伸ばす。青い空気を抱き寄せ、あらゆるものを両手に(いだ)こうと、遠くへ遠くへ手を伸ばす。  囁く俺の声も、砕ける波音も、吹き過ぎる風も、何もかもが青い世界に吸いこまれる。  俺はゆったりと微笑んだ。  俺達は確かに今、寄り添っている。今までにないほど近く、空と海のように、溶け合うことなく交わっている。  俺の唇が動く。声は聞こえない。潮を乗せた風が耳元で鳴っている。  もう一度微笑んだ。  目の前は氾濫(はんらん)する青、青、青。  緑音も俺の想いも……全てが青い青い蒼穹(そうきゅう)彼方(かなた)へ飲みこまれ、消えて行った。  後にはただ、真夏の蝉が逝く夏を()しんで、短い命を振り絞り鳴いている。               了。
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