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夏のそれよりは薄い緑色の若葉の一つ一つが、陽光にきらめき、涼しげな風に揺れていた。
その一つ一つが触れあい、奏でるメロディーがなんとなく落ち着く、と言ったら彼女は「意外とロマンチストなんだね」と笑ってくれた。
川沿いの土手の道を、彼女の歩幅に合わせて歩く。
頭一つ分小さい彼女は、僕を見上げるようにして話すけれど、実際には僕が彼女を見上げているようなものだった。
偶然重なった時間と、帰り道。
見慣れた風景と聞き慣れた音の一つ一つが新鮮なものに感じられた。
幼い花が咲き乱れる土手の斜面に目をやったり、春の色を忍ばせている薄い青空を見上げたりしながら、僕と彼女は言葉を探していた。
入学してすぐに彼女と仲良くなった。
だからなのか、彼女を異性として意識したことは、中学を卒業する年になるまでなかった。
急に色を持ち始めた世界の一つ一つが新鮮で、春の桜も、夏の入道雲にできている影の一つ一つも、秋に黄金色に色づいた稲穂とそれを照らす夕日が作り出した黄金色の平原と、一面白銀にせかいを染める雪の降る静かな空。そんな今まで気付かなかった季節の風景一つ一つがいとおしく、全身でそれを感じたいと願い、楽しみたいと思うのに、その度に感じず、楽しまず終えてしまうのが、なんとなく切ない。
そんなことも言った気がする。
そうしたら彼女はお腹を抱えて笑い始めて、しまいには土手に座り込んでしまった。
つられて僕も知らない内に笑っていて、いつの間にか彼女のすぐ隣に座っていた。
暫くそうしていると彼女は笑うのをやめた。
目の端に浮いた涙を拭って「あ~面白い」と言ってこちらを見た。
その目をまっすぐに見返すことが何故出来たのかはわからないけど、とにかく暫くの間僕達は土手の上で、柔らかな日差しと涼しい風に揺らされていた。
不意に彼女の顔が近づいたかと思うとふわりと甘い香りが鼻腔を擽り、短いけど繊細な髪が僕の頬を撫でた。
唇が重なったか重ならなかったか、そんな微妙な一瞬の後、彼女は逃げるように走り去り、僕は空が暗くなるまで土手の上で呆けたように座っていた。
夏が終わり、短い秋が訪れて、すぐに卒業式の季節が来た。
目標の高校に合格したことを彼女に伝えて、その日の内に会うことになった。
夢の続きは今も僕と彼女の間にある。
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