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『当便は、あと三十分ほどで羽田空港に到着いたします。急な揺れが起こりますのでシートベルトの御着用をお願いいたします。なお――』
そんな機内アナウンスが、朝、まったく寝れなかったため爆睡していた神裂の頭に響く。
二日酔いはこんな感じなのか? と考えつつも飲んだことがない彼には確任のしようがなかった。なので音楽プレイヤーを止めて頭を掻きながら窓を覗く。
雲より高いところにいるため曇り一つない夕暮れが寝起きの目に映る。
その慣れない陽の光から目を移して彼は時計を見た。
(四時半……、本当は二時に着くはずだったのに)
原因は福岡で起こった記録的な台風のせいだ。幸い約二時間後には離陸可能にまで晴れたので現在ここにいるわけだが。
と、徐々に覚醒してきた意識と合わせて立ち上がる。離陸と同時に寝てしまったからトイレに行きたくなったのだ。
「もうすぐ東京なの?」
狭い通路をしばらく歩くと、前の方から幼い少年の声が聞こえた。
隣に座る母親は笑いながら、そうよ、と答えている。
そんなたわいもない話をしている親子の座席を過ぎようとした時――
《来る……な!!》
妙な声と悪寒が神裂の襲った。まるで殺気で満ちた吹雪の中にいるような感覚。
だが同時にどこか寂しげな声でもあった。
「あの……なんですか?」
先ほどの少年の母親が怪しんだ目で神裂を見ていた。どうやら彼女の息子を無意識で睨んでいたらしい。
「…………何でもありません。すみませんでした」
「体調が悪そうですよ?」
謎の声はほんの一瞬で、ざわつくような心も収まっている。
「大丈夫です。ありがとうございます」
結局気のせいかな、と思うことにした神裂は本来の目的を実行するために早足でトイレへ向かった。
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