キツネとタヌキ

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初めての体育館での部活が始まった。普段使っている多目的ホールよりも広い分だけ楽しもうと思っていたのに今やそれどころではなかった。部活に集中できない。せっかくの体育館練習。みんな楽しみながらやっているのに沙織だけは心の底から笑うことが出来ずにいた。はぁー、とまた深いため息が出てしまう。ため息が出る理由は自分にはよくわからない。ヤドカリと仲の良い女子がいることに嫉妬しているからなのか? いや、違う。ヤドカリが幸せなら私はそれでいいとも思う。 少し立っているのが辛くてその場に座りこむ。 「さおりー大丈夫?」 すると後ろからチア部の友達に声をかけられる。沙織は反射的にいつもの行動をとってしまう。 「ん、あぁ~大丈夫、大丈夫~。ちょっと今日は~少し疲れてるみたいなんだぁ~」 持ち前のぶりっ子声を最大限に生かし大丈夫な風を装う。全然大丈夫じゃないのだが。 「そうなの? でもあまり無理はしないでね」 そう言うと沙織に話しかけた友達は練習場所に戻っていった。だが、これでいいのだ。友達に心配はかけたくない。それは昔からそう。悩みがあっても一人で抱え込み一人で解決してきた。 しかし、ヤドカリは違った。 遠足の日、ヤドカリは心の支えとなってくれた。今は亡き父のような、愛していた父のような暖かさを、ヤドカリは沙織に与えてくれた。 「僕はこの手を離さない。一生。どんなことがあっても沙織の味方だ。沙織の前から居なくなったりはしない」 あの日ヤドカリが沙織に言った言葉。この言葉に沙織は初めて人を“信頼”することができた。その信頼を寄せる相手だからこそ、そして好きだからこそあの女子との関係が気になるのだ。 「よし! 聞こう!」 誰にも聞こえないほどの声で自分に喝を入れる。そして沙織は立ち上がり部活へと戻った。 悩みを一つ解決したことで自然と部活にも打ち込める。体育館は気持ちがいい。ようやくそのことに気づくことができた。 「じゃあ、みんな集まってー!」 部長の声がチア部全員の耳に入る。それぞれ別々の練習をしていた部員は部長の元に寄ってきて輪になって座る。部長の話によると今日の部活はここまでということらしかった。せっかく体育館での部活の意義を理解してきたところだったのに残念である。とは言っても一人で体育館に残っていても何もできないため沙織も他の部員同様に更衣室に向かった。
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