キツネとタヌキ

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しかし、空は邪悪ではない。とても綺麗だ。闇を手にしようとする空に輝く星たちが美しさを与えた。暗くなってきた青空に輝く星は幻想的である。その空を見上げ、ベンチに座る沙織。 彼女の心はこの日の夜空のように澄んでいた。思うことに迷いはない。薄暗い空をも輝かす真っ直ぐな想い。彼女の中に生きている感覚をクリアーにして手に入れたこの想い。落ち着きを手に入れるのにさほど時間はかからない。手にした平常心。揺るがない平常心を盾に千草の目を真っ直ぐ見る沙織。その目に迷いはない。彼女はゆっくりと口を開いた。 「それでヤドカリとは――」 繋ぎかけた言葉を途中で切ってしまった。どんなに無の感情になれたとしても雑念は入る。沙織は今まさにそんな状態。迷いを消し平常心を手にした。しかし、その状態を保てるかは別であった。 「……」 その様子を千草はただ見ていた。何もしゃべることはせずにただ見つめている。まるで沙織が最後の言葉まで言わなければ答えないかのように。 沈黙は続く。先ほどまでの薄暗い空もいつの間にか夜空へと様変わりしていた。夜空に輝く星と公園の小さな外灯だけが二人を照らす。一方は俯き一方はその様子を見つめる。 不意に虫が鳴き始めた。その音に反応するかのように沙織はようやく口を開く。 「――ヤドカリとはどんな関係なの?」 それは質問ではなく願いであった。答えを求めるのではなく答えを始めから決めつけている、そんな意志を含んだ願い。言葉には沙織の想いが溢れていた。 「……」 沙織の想いの丈を感じたからか千草は言うべき言葉を失う。またも沈黙が始まる。 今度は先ほどの沈黙とは違った。沙織が真っ直ぐな心で千草を見つめ千草は心を俯かせている。真逆の立場になった二人であったが両者とも気づいていた。それぞれを恋のライバルだと言うことを。それを認めるために、そしてこれからの恋の争いを始めるために、千草は口を開く―― 「ウチは貴弘とは幼なじみ。それ以外の何でもない――」 そう述べて千草はベンチから立ち上がる。足は自然と公園の外へと駅へと向かっていた。去り際に沙織の顔が気になって振り返ってみた。沙織は無表情でただ千草がいた場所、ただ一点を見つめている。千草はその様子を一瞬見てすぐに目を反らし公園を後にした。公園を出てからすぐに考えてしまう。
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