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ガタンと音を立てながら、バスは発進した。少しよろけた彼女を支えると彼女は照れたように笑った。 とりあえずK街から離れようと思った。この街に嫌悪感を抱いているのもさることながら、それ以上に何か漠然とした焦燥感にまた襲われたからだ。早く、一刻も早くこの街から出なければいけない。 -早く、早く…。 また急かすような囁きが頭を支配した。 -急がなければ…。 続く言葉は分からなかった。 「バスに乗ったの初めてなんだ。案外広いんだね」 興味深そうに車内を見渡しながら彼女は言った。 「初めて?」 尋ねながら彼女に座席に座ることを勧めた。 「うん。小さな車とかタクシーは乗るんだけどね。バスは初めてなの」 彼女は座席の感触を楽しむように腰掛けた。 「へー」 違和感を感じながら適当な相槌を返しながら、彼女の隣に座った。深く考えることを拒否していた。 「ねぇ、これから何処へ行くの?」 「何処へ行きたい?」 彼女のことが知りたい。逆を言えば彼女のことはまるで知らない。だから尋ねた質問だった。 「分からないよ」 彼女はそんなことを言った。 「分からない?」 「うん。君は私のことを知りたいって言った。でもね。私も私を知らない。君と同じ位、もしかしたら君以上にね」 「冗談だろ?」 彼女の表情は真摯としていて、とてもからかっているようには見えなかった。それでもそんなことを言っていた。だって、そうじゃないと。 「冗談、みたいな話だよね」 怖かったんだと思う。 「でも本当なんだ」 恐かったんだ。 「だって私…」 逃げ出してしまいそうだった。今すぐにバスの窓を割ってでも外に出たかった。事実だと認めたくなかった。 「売られたんだもん」 信号が赤色に変わり、穏やかにバスが停車して、エンジン音が停止した。
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