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何も言えず、俯いた。こちらを見つめている彼女の目が怖かった。
「知っていたんだね」
不意に彼女は言った。
「どうして?」
俯いたまま尋ねた。
「だって驚いてないもんだもん。
怖いんでしよ。…だから言ったじゃない」
-君が辛いだけだと思うよ。
彼女の悟ったような言葉が頭を過ぎった。
「あなたは辛くないの?」
至極当然の疑問だった。
「私?」
照れたように彼女が笑ったような気がした。
「辛い…のかな?分からないや。
よく分からないっす」
彼女がどんな顔をしているのか見られなかった。
‐逃げるなよ。
お前が、選んだことだろう。
逃げ場所なんてないんだから。
だって、お前はよ……。
また誰かに囁かれたかのように頭の中で響いた。自分を咎めているような、悪辣とした響き。まるで心臓を素手で鷲掴みにされたような痛みを覚え、不快でひどい吐き気がした。
「家に、来る?」
何でそんなことを言ったのだろうか。その提案は、何一つ解決出来ていない。彼女と向き合うのか、逃げるのか、どちらとも取れる中途半端な提案だった。
「うん。連れて行って」
けれど彼女はそう言った。
ゆっくりと彼女の顔を見た。彼女は機械的ではなく、笑っていた。ただ笑っていた。痛みは消え、自然と顔が緩んだ。
そして何故か懐かしい気持ちになった。
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