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「汚い部屋ー」
ベットに腰を下ろした彼女は8畳ほどの部屋を見渡してそう言った。確かに複数の衣服やら飲み掛けの飲み物が机や床に置かれているのだから無理もない。
「仕方ないだろ。男の部屋なんてこんなもんだ」
「あはは。ごめん、ごめん。でも雰囲気は嫌いじゃないよ。居心地も…悪くない」
彼女はその言葉に偽りはないとでも言うようにベットの上に寝転がった。
「何か飲む?」
彼女は寝転がったまま、首を横に振った。やることもなくなったので床に腰を下ろした。
一体何をしているんだろう。
何で彼女はここにいる?
連れてきたからだ。
自らの意思で。
落ち着いて考えてみれば支離滅裂な話だ。名前さえ知らない昨日会ったばかりの女を家に連れてくるなんて、異常だ。思えば踏みとどまる機会はいくらでもあった。しかしそれ以上に彼女を知りたかった。その思いが奇行とも取れる自分の行動を突き動かしていた。
「後悔した?」
「え?」
ベッドの上の彼女は正座をし、こちらを見下ろしていた。
「私みたいな訳の分からない女に関わったことに」
「後悔なんかしないよ。ただあなたのことが知りたいだけなんだ。ただ理由を聞かれてもどうしてと説明は出来ないけれど」
そう言うと彼女は小さく笑った。
「本当に変な人ね。いいよ。なんでも答えてあげるよ」
聞きたいことはいくらでもあった。
「名前はなんて言うの?」
「リリー」
リリー。
その名は、誰が名付けたんだろう。彼女を売った親なのか、買ったオヤなのか。
「俺は…」
「いらない」
「え?」
「いらない。聞いても意味ないもん」
意味。どういうことなのかわからなかった。だが問い詰める勇気もなかった。
「名前なんて番号と一緒だよ。区別するためのナンバー。リリーは名前じゃないの。ただ私を他と区別するナンバーでしかない」
覚悟はしていたはずだった。しかし、いや、やはりそれは整然と淡々と事実を話す少女を目の当たりにしてあまりにも容易く揺らいだ。目の奥が痛くなった。
「苦しいでしょ?」
リリーと言う少女は、慈しむような目をしていた。
「やっぱら知らなくていいんだよ。君の人生に、私はいらないよ。世の中には、知らなくていいことがあるんだよ」
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