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私のことみたいな。
一呼吸置いて彼女は静かに付け加えた。知らなくていいこと、知る由もないことがこの世の中には、たくさんある。本来、彼女が言う通り、彼女のこともそれらの部類に入るのだろう。
でも。
「いや。教えて欲しい。もっと知りたい」
彼女は訝るような視線をぶつけてきた。
「どうして?何が目的なの?」
彼女が少し苛立っているように見えるのは、間違えではない。彼女の気持ちはよく分かる。自分がどうしてここまで彼女に執着するのか、自分でも分からないのだから、彼女の疑問は当然のことだ。
―当たり前だ。お前は、知らなくてはいけない。お前は逃げてきたがな、義務なんだよ。お前の業なんだ。
また、頭に響いた。先程より明確に明瞭な響きに変わっていた。体の奥が痛いほど熱い。額に汗をかいていた。
「大丈夫?」
彼女が今度は心配そうな顔をした。
「ちょっとあついかな」
「エアコン、動いてるけど?設定温度18度で」
エアコンの低くて鈍い音が聞こえる。
「何でなんだろう。凄くあついんだ」
針みたいだった。鋭利な刺すような熱さが溢れてくる。正直、苦しかった。不意に彼女が立ち上がりベッドを降りた。
「どこへ?」
尋ねると彼女は答えた。
「今日はおしまい。これ以上私が居ると、君がダメになっちゃう。大丈夫。逃げたりしないから。明日もあの場所にいるから」
安心しなさい、と笑顔の彼女がずいぶん年上に見えた。
「じゃあ、お大事に、ね?」
待て、と彼女を呼び止めようとしたが、喉がひどく渇いていて上手く声が出なかった。彼女の小さな頼りない背中が、消えていくのを見送ることしか出来なかった。ただ焦燥感は、なかった。彼女の言葉は多分、嘘じゃない。確信めいたものがあった。
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