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彼女が部屋から出て行ってから、しばらく時計を見ていた。秒針が60の時を刻むと短針が1の時を刻む。乱れることのないサイクルが繰り返されるのが、滑稽で同時に虚しくも感じられた。そのサイクルがちょうど五回目を迎えたときドアが開かれた。
リリー。
一瞬浮かんだ名前が、すぐに消えた。
「今の誰なの?」
「ただいま」
母親は『おかえり』とは言ってくれなかった。何だか不機嫌のようだ。
「さっきの誰?」
「彼女だよ」
高校生の息子が部屋に娼婦を連れ込んだなんて話は、多分母親は聞きたくないだろう。だから嘘をついた。譲れない嘘だ。
「彼女?前の子はどうしたの?」
不審がる母親が不審だった。母親は放任的な人で、誰と関係を持とうが、試験でどんな点数を取ろうが、いつも無関心だった。親として最低限の教育もしてくれるし、愛情は感じていたから冷たいとは思わなかった。むしろ意味のない干渉をされるよりは、ずっと楽で良かった。なのに。
「今日はずいぶん、突っ込んでくるね」
母親は困ったように笑った。
「そう?いつも通りよ」
「いや。いつもは『ふーん』で終わりだ」
「『ふーん』で終わりたいわよ。でも最近のあんたの『遊び』は目に余る」
「そうかな?そんなことないよ」
普段は絶対言ってこないようなことを今言うのか、尋ねるべきなのか迷ったが、面倒で結局ごまかした。
「そうよ。さっきの子なんてまだ中学生くらいじゃないの?」
結び付いた。母はそこを問題視してるのか。
「彼女は体も小さいし、顔も幼いけど立派な同級生だ」
「名前は?」
少したじろいだ。
調べてもいいのね?
母親の目がそう脅迫していた。
「ごめん。一年後輩」
母親はわざとらしく溜め息をついた。
「一応、あんたのことは信頼してるのよ」
母が、だから今まで自由にしておいたのよ、と言う言葉を飲み込んでいるのが分かった。
「分かってる。人の道に逸れるようなことはしないよ」
「ふーん」
母親はいつも通りの台詞を残し、部屋を出て行った。
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