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「えへへ。ふわふわだぁ。ふわふわ」 隣で自分の髪の感触を確かめる彼女は上機嫌だ。一時間ほど前の話だ。彼女曰く、美容室が初めてで緊張するから付き添って欲しいとのことだった。年頃の女の子が美容室に行ったことがないと言うことに驚きながらも、彼女と一緒に入店した。 「短くして下さい」 どんな髪型にする?と問い掛けた美容師に彼女はそう即答した。 「え?ショートにするの?いいの?こんなに長くて綺麗な髪なのに…」 雑誌を読んでいると美容師が確認するようにこちらを見た。小さく頷くと、美容師は名残惜しそうに髪を切り始めた。 「髪をふわふわにしたいの」 カットが仕上げに入った頃、彼女がそう口にした。 「パーマのことかい?」 美容師がそう尋ねると、彼女は嬉しそうに何度もこくこくと頷いた。また美容師がこちらを向いた。また小さく頷くと、何やらいろいろと用意を始めた。 雑誌を読み終えると別人のような彼女が座っていた。長い髪は魅力的だったが、これはこれでかわいらしいと思った。 「どう?ふわふわだよ」 「似合ってる」 「じゃあよろしく!」 そう言って逃げるように彼女は店を飛び出して行った。 会計を終え、外に出ると満面の笑みを浮かべた彼女がいた。 「お金持ってないのかよ」 わざと不機嫌そうに彼女に尋ねた。 「うん。でもふわふわだよ?ふわふわ」 彼女は相当パーマが気に入ったらしい。鏡やガラスを見ては笑顔を浮かべている。無垢で綺麗な笑顔だ。痛い出費ではあったが、その笑顔を見ているととても瑣末なことに思えた。 「ありがとうございました」 いきなり彼女は大きく頭を下げ、 何かを思い出したように走り去ってしまった。 「おい!ちょっと…」 呼び止める前に彼女は人混みの中に消えてしまった。名前、聞けなかったな。そんな後悔を抱いた。
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