第五章 義姉と義妹と鉄拳と

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「あたしは諦めない。あんな貧乳に負けてなるものか!」 「あんな、ってお前、誰か分かってんのかよ?」 「あ? 撫子だろ?」  何でそんな当然のように俺の好きな人を知っているんだ? 「俺ってそんなに分かりやすいのか? あと、撫子の前では貧乳とか言ってやるなよ。気にしてるらしいから」  ちなみに一弥情報だ。どうやって仕入れたのかは怖くて聞けない。  そもそも、あいつは全体的に痩せてるから、別に胸が無くても貧乳が際だつことはないのだが。 「そりゃー分かるよ。撫子のやつも、あたしが篠のことを好きだってことはずっと知ってたっぽいけど」 「そうなのか?」  それは目から鱗だ。 「おいおい、あたしがあんなに撫子に避けられてた理由なんて、それぐらいしかねーだろ。そのくせ、あたしたちが篠と遊ぶ度にあいつもくっついてきてたからなー」 「? 言ってる意味がよく……」 「あーあー分かんなくていいから。ホント、難儀だなーお前たちは」  緋奈が知ってることを俺が知らないというのは、めちゃくちゃ敗北感だった。 「そうだ、これはもういらねーな」  緋奈は、おもむろに、 “髪を解いた”。  彼女のこれまでの髪型を、俺は敢えて描写しなかったが、さっきの大立ち回りから容易に推測できるだろう。  彼女は、緋奈は肩甲骨まである髪を後ろで結んでいた。そう、“ポニーテール”だ。  撫子のなりきりの一つは、彼女が元となっていたのだ。  つまり、撫子の中で『緋奈』と『ポニーテール』と『喧嘩が強い』は同列に結ばれており、緋奈と言えばポニーテールというほどだった。  その緋奈が、ポニーテールを解いたのだ。 「おい、緋奈……?」 「あたしは、生まれ変わるのさ」  何だ? つまり、失恋したから髪型を変えるとか、そういう類の話なのか?  と思いきや、緋奈は新しいヘアゴムを取り出すと、また髪を結い始めた。  どうやら、ヘアゴムを変えただけらしい。いったい何の意味が…… 「……っておい、それってまさか……!?」 「そのまさかだ。四年間、ずっと肌身離さず持ってた。けど、もうこれに縋ってばかりはいられないからな」  外した方のヘアゴムは、四年前、俺が引っ越してしまう緋奈にプレゼントした物だった。
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