45人が本棚に入れています
本棚に追加
五右衛門が、素槍を杖に粕川(かすかわ)べりを歩いていると、横手から何かが転げおちてきた。
急勾配の山肌を転落してくる何かはすさまじい勢いで、避けきれたものではない。いっしょくたになって河原へ叩きつけられた。こめかみをしたたか打ち、七転八倒する。
隣で何かも悶えている。どうやら人であったらしい。
こめかみを擦りつつ目をやると、呻いているのは泥団子のような汚い男であった。
落武者だ。
懐へ飛び込んできた獲物に、五右衛門はにわかに活力を取り戻した。
よく見れば、落人の装備はなかなかによい。バラして売れば相当な値になるだろう。落人狩り冥利に尽きる。
舌なめずりし、五右衛門は、男の横っ面を蹴飛ばした。ついでに、槍の石突で小突き回してやる。
「や、やめい」
落武者は、まばらに毛の生えた月代(さかやき)を弱弱しくかばった。
相手が非力とみれば嵩にかかるのが五右衛門である。出しなに犬の糞を踏んだ草鞋で、男の鼻をぐりぐりやる。顔面めがけて屁も垂れてやった。
いざトドメを。槍穂を繰り出そうとしたとき、落人の転がってきた先から、塩辛声とともに男が駆け下りてきた。
「殿ーっ!」
最初のコメントを投稿しよう!