45人が本棚に入れています
本棚に追加
建て付けの悪い戸をガタガタやって足を踏み入れると、山仕事から帰ってきた三左衛門が怒声を張り上げている最中であった。
「黒田。きさま、武士として情けないとは思わぬのか! 殿と同年のきさまならば、お側が務まると思うてわざわざここへ残したのだぞ!」
どっからどう見ても樵(きこり)と化した三左衛門のおっさんは、襤褸(らんる)から突き出たド太い腕で黒田の首を絞め上げている。
鬱屈が過ぎたのか、はたまた物理的に生命の危機に晒されているのか、黒田はうつろな目で空を凝視し、涎をデロデロ垂れ流している。
「たんまたんま! これ以上やったら、黒田ちゃん事切れちゃうよ」
「わっぱが口を出すことではないわ」
フン、と三左衛門はそっぽを向いた。同時に黒田の首もあらぬ方向へへし曲がる。
慌てておふさが止めに入った。
「進藤さま、どうか黒田さまをお許しくださいまし」
小さいが、はっきりとした声だった。
とたんに三左衛門に朱が注した。
おふさはさらに懇願する。
「お願いです」
必死になったおふさの目は潤んで、瑪瑙(めのう)のごとく斑(まだら)に光っている。
「おふさ殿がそう言われるのであれば……致しかたあるまい」
あっさり折れた三左衛門の頬は、まだ赤い。
おふさは可憐な笑顔を見せ、頭を下げた。
「ありがとうございます」
最初のコメントを投稿しよう!