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「……うそ」
「嘘などぬかすか」
おっさんの目がマジである。
五右衛門は、首をぶんぶん振った。
「なしなし! さっき蹴ったのなし!」
「なしになどなるか、うつけが!」
おっさんは五右衛門をもういちど地面に叩きつけて、腰のものを抜いた。起きあがった五右衛門の喉首に、切っ先が突きつけられる。
「下郎の分際で我が殿を害するとは、覚悟あってのことであろうな」
「ないない! 覚悟なんてないってば!」
「死ね」
「きゃー!」
逃げようともがいたが、おっさんに蹴られどつかれ、地に伏せる他ない。
思えば生まれたときから冴えない物作り。田を耕し泥をすすり、あげくあんな汚いやつに構ったせいでおれの人生は……などと生涯の走馬灯云々をやっていると、川下のほうから五右衛門を呼ばう声がした。
「旦那さまー」
下男の九蔵だ。
五右衛門は咽喉も裂けよと叫ぶ。
「九蔵! 助けて助けて!」
この際、現場に遅れてきたことも、普段めしを盗み食いしていることも、足がものすごく臭いことも問わない。まさに地獄で仏である。
「九蔵! きゅうぞーう!」
「ええい、動くな!」
おっさんは、もがく五右衛門の顎を蹴りつけた。はずれた顎にあわあわする五右衛門を尻目に、九蔵と相対する。
二人とも、六尺(約180cm)もあろうかという大男だ。地に伏した五右衛門から見ると山のようだった。
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