おっさんとわたし

7/8
前へ
/140ページ
次へ
     九蔵の目と刃が剣呑に光った。 「旦那さまは、おいらがいなくなっても、いいの……?」  溢れる涙に狂気が滲んでいる。情動に忠実な九蔵のことだ。癇癪を起こしたら、犬だろうが主だろうがバッサリ殺りかねない。  落武者ふぜいに絆されて主人を泣かせるとは、なんという恩知らずのシャバ塞げであろうか。  腸が煮えくり返ったが、腕っぷしで九蔵に勝てはしないし、話が通じるほど賢い相手でもない。  五右衛門は、しぶしぶ槍を収めた。 「わかった、わかったよ。好きにしたらいいじゃん。そのかわり、おれが嫁に怒られたら、おまえが土下座してあやまってよ」 「うん、ありがとう旦那さま!」  無邪気に笑う九蔵の顔を諦観して眺めながら、五右衛門は脳内そろばんを再びはじいた。  二人くらいなら何とかなるだろう。金が足りなければ、宇喜多主従の身ぐるみを売っぱらえばいい。損だけはしないはずだ。  五右衛門は、おっさん武者に手を差し出した。 「おっさん歩ける? お殿さまは九蔵が負ぶっていくとして、おっさんには歩いてってもらわないと」  こんなうすらでかいのを背負っていくのはゴメンである。 「わっぱが。馬鹿にするでないわ」  先ほどの飛び蹴りが効いたのかフラフラしながら立ち上がり、中年武者は毒づいた。すっかり嫌われてしまったらしい。  だからといって痛いことは何もないので、五右衛門はフーンとだけ返した。 「きさまの世話になるなど武士の恥であるが、我が殿の御為。世話になる」    
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加