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九蔵の目と刃が剣呑に光った。
「旦那さまは、おいらがいなくなっても、いいの……?」
溢れる涙に狂気が滲んでいる。情動に忠実な九蔵のことだ。癇癪を起こしたら、犬だろうが主だろうがバッサリ殺りかねない。
落武者ふぜいに絆されて主人を泣かせるとは、なんという恩知らずのシャバ塞げであろうか。
腸が煮えくり返ったが、腕っぷしで九蔵に勝てはしないし、話が通じるほど賢い相手でもない。
五右衛門は、しぶしぶ槍を収めた。
「わかった、わかったよ。好きにしたらいいじゃん。そのかわり、おれが嫁に怒られたら、おまえが土下座してあやまってよ」
「うん、ありがとう旦那さま!」
無邪気に笑う九蔵の顔を諦観して眺めながら、五右衛門は脳内そろばんを再びはじいた。
二人くらいなら何とかなるだろう。金が足りなければ、宇喜多主従の身ぐるみを売っぱらえばいい。損だけはしないはずだ。
五右衛門は、おっさん武者に手を差し出した。
「おっさん歩ける? お殿さまは九蔵が負ぶっていくとして、おっさんには歩いてってもらわないと」
こんなうすらでかいのを背負っていくのはゴメンである。
「わっぱが。馬鹿にするでないわ」
先ほどの飛び蹴りが効いたのかフラフラしながら立ち上がり、中年武者は毒づいた。すっかり嫌われてしまったらしい。
だからといって痛いことは何もないので、五右衛門はフーンとだけ返した。
「きさまの世話になるなど武士の恥であるが、我が殿の御為。世話になる」
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