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「あんた、よそモンだべや?」
「ええB県です………先月、転勤で関東から。それより、これだけ時間を稼いだんだからそろそろ皆に警告したほうが」
「止めとけ、それは警察さ任せるんだ。もっとも誰も信じるめえがな………あんたは高速さ乗って家さけえれ、ほっといても情報なんざネットですぐに拡がるべ」
「でも、あなたは……」
それで会話は終わりだった。署の中から出て来た他の警官にせき立てられるようにして、彼は行ってしまった。
菅井はしばらく……といっても十数秒ほどだが……建物の、自動ドアのガラス越しに中で動き回る署員を眺めてから下唇を噛んで車を再び国道へ乗せた。
確かに彼がいま、通りで声を張り上げても何の役にも立たない。説明のしようもないし、証明する事も出来ない。悪くすれば警察に通報されて、それでオシマイである。
さっきまでのようにアクセルを踏み込めぬまま、菅井は胸の奥から得体の知れない感情が沸き上がるのを感じた。
恐怖でも怒りでもない、思考を奪い去るほどの憤(いきどお)り………逃げることはできても他人を逃がすことはできない無力さ………。
私は何も知らない人々を見捨てるのか?
それともここで多くの人達と一緒に、あの黒い霧に呑まれるまで一人騒ぎ続けるのか?あの若い警官は言った………警察にまかせろ、家に帰れ、誰も信じないだろう…………と。
彼は深々と深呼吸をすると車を高速へと導く標識に従わせた。
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