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恐怖はすでに彼の意識を解放してはいたが、入れ代わりに今度は耐え難い劣等感が彼の心に暗闇をもたらしていた。
あの黒い霧のように。
まるで希望を赦さぬ死神のように。
車はインター手前の信号で停まり、菅井はハンドルに顔を埋める。赤が青になり、青が赤になる。
菅井の腹筋は静かに痙攣していた。気がつくと後方から嵐のようなクラクションが鳴っており、追い抜いてゆく車から罵倒の叫びが浴びせられる。
それでもしばらくハンドルに突っ伏していると、いきなり運転席のドアが開かれた。
「ねえ、大丈夫?」
若い女性が菅井に声をかけていた。かたわらに小さな子供を連れて………。
彼はひと呼吸すると急に起き上がり、前を見据えた。
「貴女も早く逃げなさい………この街にいると助かりませんよ」
菅井に言えるのは、これが精一杯だった。彼はゆっくりドアを閉めるとそのまま車を発進させ、侵入ランプを抜けETCをくぐる。
合流車線を出ても、アクセルを踏む足に力が入らなかった。
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