第二章~避難~

12/19
前へ
/44ページ
次へ
   「あなた、いい加減もうやめて下さい!」  妻の悲痛な叫びが食堂全体に響く。  「お、お前まで……信じてなかったのか……?」  「信じられるわけないでしょう、あんな話!いったいどうしちゃったのよ……いったい何があったっていうの!」  菅井の妻は夫の胸ぐらを掴みあげると、がくがくと揺らしてたまらず泣き出してしまった。膝をついて鳴咽をあげる妻のかたわらで、彼は呆然と加藤たちを見つめ返す。  だが二人は視線を交わそうとしない。  妻の泣き声だけがすべてを包み込み、あらゆる困惑と非難の目が菅井を刺し貫いた。有り得てはならない現実が菅井の精神を揺さぶった。耳が遠くなり、世界が前のめりに倒れてゆく感覚が彼を支配する。  私は………私が見てきたものは、彼らにとっては嘘か作り話でしかなかったのか?  妻やみんなを助ける行為は、単なる道化芝居にすぎなかったというのか?あれほどの恐怖は伝えることは不可能だと?  現実には有り得ないあの【黒い霧】の存在は、どうしても理解させることは無理だというのか?ならば、私は、『何を訴えれば』よいのだ?  彼は混乱し、いま成すべき様々なことを見失ってしまった。  自分と掛け離れた無機質な人々の声が身体の中を通過してゆき、すべてが幻のように膨らんでゆく。 .
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加