39人が本棚に入れています
本棚に追加
「あなた、いい加減もうやめて下さい!」
妻の悲痛な叫びが食堂全体に響く。
「お、お前まで……信じてなかったのか……?」
「信じられるわけないでしょう、あんな話!いったいどうしちゃったのよ……いったい何があったっていうの!」
菅井の妻は夫の胸ぐらを掴みあげると、がくがくと揺らしてたまらず泣き出してしまった。膝をついて鳴咽をあげる妻のかたわらで、彼は呆然と加藤たちを見つめ返す。
だが二人は視線を交わそうとしない。
妻の泣き声だけがすべてを包み込み、あらゆる困惑と非難の目が菅井を刺し貫いた。有り得てはならない現実が菅井の精神を揺さぶった。耳が遠くなり、世界が前のめりに倒れてゆく感覚が彼を支配する。
私は………私が見てきたものは、彼らにとっては嘘か作り話でしかなかったのか?
妻やみんなを助ける行為は、単なる道化芝居にすぎなかったというのか?あれほどの恐怖は伝えることは不可能だと?
現実には有り得ないあの【黒い霧】の存在は、どうしても理解させることは無理だというのか?ならば、私は、『何を訴えれば』よいのだ?
彼は混乱し、いま成すべき様々なことを見失ってしまった。
自分と掛け離れた無機質な人々の声が身体の中を通過してゆき、すべてが幻のように膨らんでゆく。
.
最初のコメントを投稿しよう!