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連休を利用して会社の中年仲間を集め、地方の渓流釣りを楽しむため訪れていた菅井たち七人は、突然あらわれた怪異に身構え、動揺し、手にした釣竿を落としてその場に凍り付いた。
音もなく山の斜面を下ってきた【それ】は、彼らの直前、上流の谷間でピタリと流れを止めた。
不気味に揺らめくそれは煙りというより、まさに霧そっくりだった。動きやうねりは霧にたとえるのが最も近いのだが、水蒸気が黒くなってしまうなど聞いたこともないし、また地を這う煙というのも変な話だった。
それはみるみる山の斜面を半分埋める厚みにまで膨れ上がり、てっぺんは稜線をかすめる朝日を浴びているはずなのになお黒かった。さらに、何とも説明のしようのない奇妙な現象が菅井たちの困惑の度合いを深める。
不思議なことに、目の焦点が合わせられないのだ。
まわりの風景から【黒い霧】だけが、目のピントを正確に合わせられない奇妙な存在となって浮き上がる。
河原で立ち尽くした菅井たちは恐怖と好奇心ゆえなのか、その場から動けずにいた。誰に話すともなく、それぞれの不安が口をついて出る。
「これは……たぶん、火山ガスの一種だろう」
「温泉はずっと離れているはずだ……」
「黒い霧なんて、聞いたことないぞ」
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