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「おい、誰かデジカメ持ってないか?」
誰かがそういうと、一人河原の中ほどでコンロを扱っていた菅井が反応した。
「ああ……私の車にあったな」
「菅井、こいつは金になるぞ」
菅井は手にしていた工具を下に置くと、時折うしろを振り返りながら車に向かった。下流に少し歩くとキャンプ場の駐車場があり、彼のRV車はそこにあった。
上流の男たちは恐怖にたじろぎ、またその黒い霧に取り付かれたように近寄ることも逃げ出すこともできなかった。ただひとり菅井が逃走できた理由は、自分の意思が関与しないこうした偶然からだったのだ。
しばらくして車にたどり着いた菅井は、運転席のドアにあるサイド・ポケットを物色する。
カメラを掴み、同僚のいる方へ視線を移そうとしたまさにその時、菅井は彼らの悲鳴を聞いた。驚いてうしろを振り向くと、きびすを返した六人が黒い霧に飲み込まれる寸前であった。
それは決壊したダムの濁流のように押し寄せ、菅井は絶叫をあげ車に飛び込んだ。
彼が逃げ出せた理由は、ひとえに恐怖が支配したからに他ならない。もし少しでも理性が働いていれば、六人の安否が気になり発進が遅れていたはずである。なかばパニック状態とはいえ、不思議と罪悪感は感じなかった。
それは恐らく彼らが黒い霧に呑まれた瞬間、その一瞬だけしか、あの絶叫が続かなかったからであろう………。
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