39人が本棚に入れています
本棚に追加
そして次は自分かもしれない。そう、いまはとりあえず逃げるのだ、本能に逆らうべき理由を見つける、その時まで。
彼は、次第に取り戻しつつある思考の中で、それだけはしっかりと意識することができた。
休日の早朝ということもあって、前を走る車も対向車もなく、彼の目に映るのはたまに開ける山村の田畑と疎らな民家、そしてすでに見晴らしのよいところからでしか見えなくなった、あの黒い霧だけであった。
いったいどこまで走ればいいのだろう、あれはどこまでついてくるのか?
彼は勇気を出して、一旦車を停めて【霧】の移動速度を計ってみようと決心した。そこで、ちょうど大きく森が切れたところに車を停め、かなり後方の峰とその中腹ほどにある朱色の鳥居を見やった。
距離にして二~三キロというところだろうか。しばらく凝視していると山の背後で黒い霧が波打つのが見えた。
それはアッというまに稜線を乗り越え、朝日に映える山肌をほんの十秒くらいで漆黒に染めていった。しかも明らかに樹木も鳥居も押し潰しているではないか。
さすがに音は聞こえなかたっが、いまも森の木々が霧の先端でざわつき、倒れるように霧に呑まれてゆく……この距離では二分とたたないうちに車は飲み込まれるだろう。
彼は車に飛び乗ると、再び猛然と走り出した。
.
最初のコメントを投稿しよう!