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だって、あたしは小さい頃に「ねんねんころりよ」の歌で寝かせてもらった覚えはないからだ。あたしの母親はいつも「眠れ眠れ」の子守唄を歌ってくれた。
(なんでこんな時に「ねんねんころりよ」なんか思い出すの)
自分で自分が分からない。
(違う歌、違う歌)
そう思うのに、あたしは頭の中で歌い始めてしまっていた。
(ねんねんころりよ、おころりよ。坊やは良い子だ、ねんねしな…違う、これじゃなくて他の歌!)
その時だった。プーが不意に馬鹿でかい声で歌い始めた。
「明日にはー、君ーとー会ーえるから、今夜は、あーたーし、眠れなーい…!」
それは少し前に流行ったポップスで、なんだか内容があるようでないような、底抜けに明るい曲だった。
「こんくらい明るい曲歌え」
と彼が言う。
しかし、その曲のサビしか分からないので、あたしは彼が歌ったのと同じ所をリピートして歌った。
知らない人が入って来たら何かと思うだろう。かなりの大声で、やたらに明るい曲を(しかもサビだけ)青い顔をして真面目に歌っているのだから。
でも確かに大声で歌うとお腹に力が入って、気持ち悪さやふらふら倒れそうな感じはしなくなった。
あたしが大声で歌っている間に、彼は盛り塩を冷蔵庫の扉の前に置き
「さぁ、カモーン」
とふざけたことを言った。
でも扉を開けた瞬間にサッと一瞬顔が青ざめたのを、あたしは見逃さなかった。
開きっぱなしの冷蔵庫から、スゥッと冷たい空気が足元の低い場所を這う。
「どうしたの…」
流石に歌うのをやめてたずねると、彼は冷蔵庫の中を覗き込みながら言った。
「やっぱり子どもだ…がりがりに痩せて、腹がぽっこり。目だけギョロギョロさせて、こっちをにらんでやがる。すごい顔だな…ほんとに。鬼だ」
彼の言葉にも、表情にもゾワゾワっとした。
彼が目を見開いて、ニィッと笑っていたからだ。
「やめてやめて、ほんとに怖い!」
あたしは立っていられずにその場に座り込み、体育座りで丸くなった。途端に彼にぐいぐいと腕を引っ張られる。
「だから歌ってろって言っただろ。歌ってられないなら、俺に引っ付いてろ」
「だって怖いよ、立ってられない」
あたしは半泣きだと言うのに、彼はまたゾッとするようなことを言った。
「膝かかえて丸まるなんて、お前、この中の奴と一緒だぞ」
そう言われて、あたしはあわてて抱えていた膝を放した。
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