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(無理、無理無理。怖い。なんであたしは急に体育座りなんかしたんだろう)
ただの偶然か、それともその冷蔵庫にいる霊に影響されたのか。なんとなく後者の気がした。
(もう歌なんか歌えない)
あたしは代わりに彼の腕をぎゅっとつかんだ。が、彼は冷たくそれを振り払って
「腕は邪魔。背中で服でも握ってて」
と言う。
(引っ付いてろって言ったくせに!)
あたしは心の中で罵りながら、必死に彼のパーカーをにぎりしめた。
彼の後ろにいるということは、つまりあたしも冷蔵庫の中が見える位置にいるということだ。
彼の肩越しに、あたしは冷蔵庫の中を見てしまった。
当たり前かも知れないが、あたしには何も見えない。
でも想像してしまった。
そこにぼさぼさの髪をした幼い女の子が体育座りでうずくまっている所を。
痩せ細っていて、服は着ていない。目がギョロギョロとこちらをにらんでいる。彼女はあたしを見ていた。
「なんでこんな所にいんだぁ?」
プーが冷蔵庫の中を覗き込みながら言う。
女の子がおびえているような気がして
「や、やめなよ」
とあたしは彼のパーカーを軽く引いた。
が、彼はあたしをちらりと振り返っただけで、またかつあげでもするかのように冷蔵庫に視線を戻した。
「ぁあ?なんでこんなとこにいる…自分は出ないで、周りに気付いてもらおうだなんて甘ったれたこと、してんなよ」
「やめなって…」
「俺が引きずり出してやる」
そう言って、彼は立ち上がろうとした。でもあたしがパーカーをつかんでいるから、立ち上がれない。
「おい、放せ」
「やだぁ」
「じゃぁ、せめて立て」
「立てない~」
情けないくらいに膝が震えていて、力が入らない。これが腰が抜ける、というやつなのだろう。生まれて初めてそんな状態になった。
「ほら、お前また引きずられてんぞ」
と彼が言う。
(また?また霊のせいなの?)
「ほれ、しっかりしろ」
今度はバンバン!と二回強く背中を叩かれた。ふっとまた何かが出て行ったような気がして、今度はすっと立ち上がれた。
「何これ何これ、ほんとに気持ち悪い…!」
あたしの体なのに、あたしじゃなくなりそうだ。怖い。
(怖い。怖い怖い怖い怖い怖い)
「仕方ないな」
彼はそう言うと、一度冷蔵庫を閉めた。
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