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冷蔵庫が閉まっただけでもホッとする。
「なんなの、ほんとに」
あたしがまたへたりこみそうになるのを、彼はがちゃりと勝手に部屋の扉を開けて
「座れ」
と言う。
(ここはあたしの家なんですけど)
そう思いながらも、あたしはぐったりとしてカーペットに座り、ひよこ型のクッションを抱いた。彼は低いテーブルをはさんで向こう側に座って言った。
「なんであんなとこにいるかは分からんが、あれはほんとにガキみたいなもんだな」
「ガキ…?」
悪ガキのガキだろうか。でも彼のは微妙に発音が違った。「ガ」にアクセントがある「ガキ」だ。
「餓えた鬼。餓鬼」
「あぁ…」
お腹を空かせた子どもの鬼のことだろうか。あまり詳しくないので、あたしにはよく分からない。
「鬼がうちにいるの?」
全然現実感がない。霊ならまだ分かる気がするが、鬼は節分で豆をまくイメージだ。
彼は言った。
「鬼と餓鬼は違う。餓鬼ってのは仏教用語だけど、冷蔵庫の中の奴はかなりそれに近いと思う」
「どういうこと…」
「普通、霊には執着はあっても欲望がない。例えば好きな男に取り憑いて悪さをする女はいても、肉体的な関係を持つわけじゃない。つまり性欲はないってこと。それと同じで、食欲も睡眠欲もない。霊は飲まず食わず、不眠不休でいられるってこと。まぁ、生きてないんだから当然だけど」
そこまでは分かる。確かに寝てる霊なんて聞いたがことない。
「でも餓鬼ってのは食欲の塊だ。あれもそう」
彼はちらりと冷蔵庫を見た。
「生きてないくせに、食欲があるらしい。死に方が悪かったのかもしれん。食いたくて食いたくて仕方ないんだよ。でも生きてないわけだから、食えない。食ったつもりになっても満たされない…」
飢え死にしてしまったと言うことだろうか。
「子どもなのに…なんだか可哀相」
とあたしがつぶやくと、彼はバン!とテーブルを叩いた。
「引きずられんな!世の中では毎日何人も死んでんだ。死をなげくのは身内だけにしろ。他人まで可哀相だなんだってやってる余裕なんかないだろ。可哀相と思ったって何も出来ないなら、初めから関わるな」
「関わるなって言ったって」
あたしだって関わりたくないし、そんなつもりは毛頭ない。
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