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彼は牛乳を飲み干すと
「んじゃ、俺はこれで。冷蔵庫はまた日を改めて取りに来る」
と言って、呆気なく出て行こうとした。
「え、待ってよ…っ」
あたしは思わず彼の袖を引いて、止めてしまった。
「なんでだよ?」
「なんでって…怖いもん。まだいてよ」
「別に平気だって言ってんだろ。冷蔵庫さえ開けなきゃ大丈夫だって」
彼が肩をすくめて言ったが、あたしはそれを聞いてますます
(やっぱり、それおかしい)
と確信してしまった。
だって、冷蔵庫の中から霊が出ていれば、開けたって平気なはずだ。そもそも冷蔵庫の中から出て行った霊は一体どこへ消えたと言うのか。
扉から出て行くのだとすれば、普通、玄関の扉を開けて出て行かせようとするのではないのか。
それなのに、先ほど暴れた音は聞こえても、玄関の扉の鍵を外すような音は一度も聞こえていない。
「ねぇ、あの中にまだいるんじゃ…」
あたしは恐る恐る冷蔵庫を見た。その時の彼の顔をあたしは忘れない。ククッと低く、まるで鬼のような顔で彼は嗤(ワラ)って
「だから開けるなって言ってるだろう?」
と言ったのだ。ゾクッとした。
その後、まるで取り繕うように
「聞かない方がいいことってのもあるんだよ。いいから開けずに盛り塩しとけ。俺が引き取るから」
と軽い口調で言われたのだが、もう確信に変わった。
(まだ中にいるんだ…!)
そうなると、余計に彼を帰すわけにはいかない。あたしは袖をぎゅっとつかんで
「いてよ、ここにいて!」
と必死になって懇願した。色っぽさとか、恋の始まりとかいうことは断じてない。ただ怖かっただけだ。
彼は面倒くさそうに頭をかきながらも、結局
「飯作れよ。なら、ここにいてやってもいい」
と言った。
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