75998人が本棚に入れています
本棚に追加
/967ページ
何か肌寒い気がして、あたしは自分で自分の肩を抱いた。ヒロヤ先輩が小さく肩をすくめる。
「宿についてからおじさんが女将さんに聞いた話だと、昔、まだ小さな女の子がその山で迷子になったことがあるらしいんだ。そんなに深い山じゃないんだけどね。ただ雨が何日も降り続いていて、地面がぬかるんでた。その子はそのまま、足を滑らせて谷底に落ちて死んだんだとか…」
まるで自分が直接見聞きしたかのように彼は言う。
「多分、その女の子は自分が死んだのと同じ雨の日になると出てくるんだろうね。それで車を見つけると、家に連れて帰って欲しくて言うんだよ。「私を…乗せて」ってさ」
すぅっと背筋が冷たくなるような感覚。飲み屋の四人席はしんと静まり返り、ヒロヤ先輩のひそめた声だけが妙に大きく聞こえた。
「でももしそれが車じゃなかったら…歩いて宿に向かってたら、どうなってたんだろうね…?」
流石にその言葉には、キョン先輩も嫌な感じがしたらしい。
「なんだかヤバそうだな。取り憑かれてた、とか…」
キョン先輩がつぶやいて、なんとなく場が静まり返った。
その時だ。
「お飲み物のおかわりいかがですかぁ?」
「…きゃ…!」
すっとんきょうに明るい女の店員が、ひょっこりと顔をのぞかせて、私は思わず飛び上がってしまった。
「カナちゃん、超ビビッてんじゃーん」
ヒロヤ先輩に笑われて、あたしは自分の顔が赤くなっているのを感じた。
(は、恥ずかしすぎる)
「グレープフルーツサワー下さい!」
別にあまり飲みたくもないのだけれど、店員さんにそう注文して、ついでに朱音や先輩にも聞く。
「何飲む?せっかく来たんだから、飲もうよ」
「じゃぁ、ウーロンハイ」
「生ビール」
「カシスオレンジ」
そうして次々にお酒が運ばれてきて、あたしは怖いのを誤魔化す為に、飲んで飲んで飲みまくった。元々お酒は強くないからすぐに顔が火照る。それでもお酒を飲まずして、怖い話なんかやってられない。
最初のコメントを投稿しよう!