山形・最終日

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 正直、無礼を承知で簡単に言ってしまえば、そこにあったのはミイラそのものだった。  骸骨に近いが、ほんの少しの筋肉や皮があったことが伺える、黒い茶色に変色した肌。  虚ろな眼窩が、こちらを見下ろしている。  しかし、僧衣を着て、静かにそこに座っている姿は、強烈な存在感を放っている。 「おい」  プーに言われて、ハッとした。  ただぼんやりと突っ立っているだけだったあたしは、慌てて両手を合わせ、祈りの形を取った。  目を閉じても、まだ瞼の裏に、即身仏の姿が焼き付いて離れない。  見た目はかなり不気味であると言わざるを得ないのだが、恐怖感よりも畏怖の感情が大きい。 (この人、本当に生きてたんだ)  しかもパンフレットによれば、入内の年号は今から僅か130年程前のことである。  たった130年前、実際に生きていた人物が、山に籠り、自ら餓死するようにゆっくりと痩せ、やがて土の中に入内したままで死を迎えた。  その生き様が、干からびた即身仏の姿に、まざまざと現れている。  どれだけ凄まじい忍耐力、精神力だったのかと思うと、同じ人として、畏怖を覚えずにはいられない。 「…行こうぜ」  プーの声に一度頷き、あたしは静かにその建物を出た。  外は蒸し暑いのだが、あの即身仏を見た後、暑さに文句を言うことすら憚(ハバカ)られる。  と思っていたら、プーは 「あー、クソ暑…」 と大きな声で文句を言い始めた。 「ちょっとプー、あなたよくお寺で、そんな大きな声で文句言えるわね」  あたしは呆れてしまった。 「プーが見たいって言ってここに来たんでしょ。少しは感動とか、恐れ多さとか感じないわけ?」  詰るあたしに、プーは言った。 「あ?俺が行きたいって言ってたの、即身仏のことじゃないんだけど」 「えっ」  きょとん、としてしまう。 「ここに来るためにバスに乗ったんじゃないの?即身仏見たいって、プー言ってなかった?」 「言ってねえよ。タクシーのおっさんが、〇〇市の寺に行くって言ったら、勝手に即身仏を見に行くのかって言い出したんだろ?」
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