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「…ねぇ、プー。このお墓」
あたしはあるお墓の前で、立ち止った。
普通のお墓には、家の名前が刻み込まれているものだが、ここにはない。
代わりに〇〇行者とか〇〇法師と刻まれている。
「これ、お寺の人のお墓?」
確か、修業中の身である人のことを、行者と呼ぶはずだ。
プーは目的のお墓があると言うよりは、どれでもいい一つを選んだ様子で、ある墓石の前で膝を折った。
あたしがその横で、同じようにしゃがむと、プーは
「この墓はな…」
と呟いて、こんな話をしてくれた。
「即身仏になろうとした修行僧の墓だ」
なろうとした、と言うことは実際にはなっていないと言うことである。
彼は言った。
「即身仏になろうとして、山に入ったはいいが…春や秋は腹を空かせた熊がうろつき、夏は汗と一緒にミネラルや脂肪が落ち、冬は厳しい寒さに、大雪」
とても普通の人間が生きていける状況じゃない。
そんな厳しい修行の中、望んだように、誰もが即身仏となれるわけではなかった。
「むしろ失敗のが多い。熊に襲われた者、怪我をして動けず、そのまま餓死した者…」
文献によれば、余りの飢餓状態で幻覚を見るなどして、気が触れてしまった者や、土の中に入内する所まで行ったものの、その後掘り出したら腐ってしまうなどして、防腐処理が出来なかった者も多いと言う。
プーは言った。
「何百と、即身仏の修業に失敗した奴がいる。ここは、そういう奴らの墓だ」
そうして、そっと指先を伸ばし、墓石を撫でる。
その仕草が、なんだか悲しかった。
「プーはなんで、このお墓に来たかったの?」
あたしが尋ねると、彼は墓石を見たままで、呟くように言った。
「望まぬ即身仏ってのが、昔はあったんだ」
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