山形・最終日

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「望まぬ即身仏…?」  プーの言っていることが分からず、あたしは首を傾げてしまった。  昔、多くの修行僧が即身仏になろうと、山籠もりを始めたのを見、それが飢餓に苦しむ農民の心の支えになったのは事実である。 「でも、度を過ぎると…」  プーは言った。 「即身仏さえありゃ、飢餓から救われると間違った執念に駆られることがあった」 と。  即身仏と言うのは、本来一人では出来ないものである。  山籠もりの修業の後、土の中に入内し、後で掘り起こす人が必要なのだ。  そして肉体が腐ったりせずに即身仏になったとして、その後も湿気や日光の影響を受けないところに祀られる為には、生前から多くの人々の尊敬や信仰を集めていなくてはならない。  本当に信仰の篤い仏僧であれば、自らの命を投げ打ってでも他人を救いたいと、即身仏の修業に出ることを厭わないのだろう。  それに、本人が他人を救済したいと言う心持がなければ、苦行をする意味がない。  しかし、プーは言った。 「逆説的に、尊敬を集めている人間の中には、即身仏になることを望まれたら、断れなかった奴がいたって考えても、不思議じゃない」 「それが、望まぬ即身仏…?」  あたしが尋ねると、プーは 「そうだ」 と頷いた。 「周囲に説得されて、断りきれず、仕方なく山籠もりに入ったり…監禁されて、強制的に食事を与えられずに、限界まで痩せ細らせた可能性もある」  そして、痩せ細った所で、土の中に入内させ、三年後に掘り返す。 「上手く体が腐らずに残ってれば、即身仏の出来上がりだ」  プーのそれは、想像で物を言っているわけではなく、その例を知っているような口調である。 「そんなこと、ほんとにあったのかな…」  あたしが呟くと、プーは一度周囲を見回し、まるで他の人がいないのを確認するような仕草をした後、ちらりと横目にあたしを見た。 「…俺の祖先が、それだ」 「え…?」  耳を疑った。  本で読んだとか、文献にあったとかではなく、そんな身近な話だとは思わなかったのだ。
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