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ぎゅ、と、音が鳴りそうなくらいに抱きしめられる。
「痛い」だなんて咎めてみるけれど、やっぱり嬉しくて。
いっそこのままお前の背中に腕を回してしまおうかとか、もし俺が抱き締め返したらどんな反応をするんだろうかとか、なかなか乙女チックな思考が頭を埋め尽くしていく。
そんな時に、耳元でお前が呟いた、名前。
「… 、」
…ああ、そうだった。そうだったな。
俺は所詮身代わりだ。綺麗で博識で人当たりも良くて、そして俺の兄に当たるあの人の。
早く告白しろって、俺はそう言う。でも、それをしないお前。理由くらいわかってるよ。
お前は、怖いんだ。告白して、振られて、軽蔑されてしまうことが。今の位置を崩してしまうことが、どうしようもなく、怖いんだろう?
だから、あの人に近い俺を抱く。そうして、あの人を抱いている錯覚に陥って、ふと現実を思い出して…なんて、虚しいんだろうか。
お前があの人に想いを伝えないのなら、俺が伝えてしまっても良いだろうか。気付いているんだろう?俺が、お前を愛していることを。
気付かないふりをして、俺を抱いて、それに目を背ける俺。…なんだ、俺もお前も変わらない。今の距離を、位置を、崩したくないから、だから、何も言えなくて。不毛だ。
それでも、今なら言えそうなんだ。怖くても、言える気がするんだよ。今、お前が俺を抱きしめて、あの人の名前を呼んだから。
「…なぁ、俺、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ。」
この不毛な関係に、終止符を。
end.
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