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薄暗い部屋。微かに香る、甘ったるい何かの匂い。
「お帰り。」
ちょっとした未知の空間だな、なんて思いながら一歩踏み出すと、右耳の辺り(正確に言うと右耳の後側)から声がした。
「ただいま、てかびっくりさせんな。」
「ばーか、全然驚いてないくせに何言ってんだよ。」
「…あのさ、この匂い、何?」
声がしたほうを振り向けばへらりと笑っているそいつと目が合った。一般的に言うお帰りのちゅーを軽く交わして、首元に絡まってくる腕を待てと制しながら尋ねる。
「んとね、お香。バニラの香りー。」
「うわ、お前そんなん買うなって。」
「ちげぇよ、貰った。バイト先の先輩が、いらねぇからって。」
「…焚くなよ、」
これはきっと、カーテンやクッションにまで甘い匂いが染み付いてしまっているんだろう。
しばらくこの甘い匂いに囲まれながら生活を…と考えると、少しだけ頭が痛くなった。(絡まってくる腕はもう諦めた、)
「なんで、嫌?」
「嫌ってか…なんか、匂いが甘すぎて無理。生理的に。」
「えー、たまにはいいじゃん?こーゆうのも。」
そう言いながらまたへらりと笑うから、確かにたまにであれば良いかもしれない…なんて、思ってしまった。
本当にたまになら、この甘ったるい部屋で、お前と一日を過ごしてみるのも有りかもしれない。
(数日後、同じ種類のお香が部屋の片隅に積まれているのを発見してしまうことは、知らなくてもいい。)
end.
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