第一章【前編】

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 山田さんと会ってから数日後、事務所の電話から私に連絡が入った。電話の主は山田さんで、次の日曜日にねぇね(姉)とカズくん(大久保一成)が住んでいたアパートに行くので同行してほしいとのことだった。  正直、山田さんは得体が知れなくて怖い。ねぇねのことがなかったら近づきたいとは思わない。一瞬見せたあの恐ろしい顔、非現実的なのに本能が恐怖を植え付けた。  あれは猫だった。きっと山田さんは化け猫なんだ。アニメで猫が人間になって主人公と恋に落ちたりするけど、そういうのって大抵猫は女の子で、変身するって言っても猫耳や尻尾を残した可愛さ重視の姿だ。  せめて山田さんが顔じゃなく、耳や尻尾を見せてくれたら……ううん、やっぱりただのコスプレだと思って信用しなかったかもしれない。  私はすぐに同行する旨を伝え、電話を切った。  途端に静まり返る部屋。  ねぇねが亡くなってより一層仲の悪くなった両親は、最近じゃ仕事が忙しいと滅多に帰ってこなくなった。本当に仕事なのか、そうじゃないのか私にはわからないけど、この広い家で私は一人になった。  あんな学校で心を許せる友達なんかいない。いつも辛いことがあるとねぇねに相談してた。優しくて朗らかでいつも穏やかだったねぇね。  ねぇ、どうして……?  ねぇねがその悩みを私に打ち明けてくれてたらすぐ解決できたよ。カズくんがガッカリしちゃうから内緒ねって……。  私……そんなに頼りなかった? 死んでしまう程悩んで、こんな得体が知れない事務所に頼って……。  どうして私じゃダメだったの……。  ……タッ。  携帯を握りしめた手の甲に、頬から伝った雫が落ちた。飼い猫のちーが私を不思議そうな顔で見ていた。 .
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