0人が本棚に入れています
本棚に追加
閻魔がパチンと指を鳴らすと、円形の巨大な鏡にヒビが入った。そのヒビは全体に広がり、やがて形を崩し砕け散った。
砕けた鏡は、まるで洞窟のような空洞を作りだした。奥は真っ暗で、何も見えない。
「こ……これは?」
俺は涙声でどうにか言葉を絞りだし、閻魔に問いかける。
「この穴は現世へと続いている。ここを通れば君はまた別の人間へと生まれ変わるんだ」
「生まれ変わる? 地獄行きはどうなったんだ?」
その問に、閻魔は頬を緩ませながら言った。
「これから君は現世という名の地獄で、一人の少年に深い悲しみを与えてしまった罪を償ってもらう。次は悲しみではなく、もっとたくさんの喜びを人に与えるのだ」
確かに、俺にとっちゃ現世はなによりの地獄だな。
でもしかたない。俺はもっとも犯してはならないことをしてしまった。そいつはちゃんと償わないとな。
人に喜びを与えること。今まで一度としてやった記憶がないが、試してみよう。
俺はゆっくりと穴に向って歩いて行く。そして穴の直前でいったん止まり、閻魔の方へと振り返る。
「なぁ。俺に出来ると思うか?」
閻魔は小さく微笑み、言った。
「できるさ。大事なことに気づけた君なら……きっと」
「そうか」
俺は短く返事を返すと、穴の中へと入っていった。
これから俺は生きていくんだ。罪を償うために。
この、地獄のような世の中で。
最初のコメントを投稿しよう!