0人が本棚に入れています
本棚に追加
勢いよく投げられた銀の腕時計が、ものすごいスピードで地面へと向かっていく。
なぜだろう。目で追えるようなスピードではないのに、時間が経過が異常なまでにゆっくりと感じ、腕時計が地面に向かっていく様子が、俺の目に鮮明に映し出されていて。
そして、ガシャンという音と共に、破片が宙を舞う。
「わりぃ。手がすべっちまった」
ヒビの入った腕時計が、俺の眼の中へ飛び込んできた。
その時。俺の中で何かが崩れ落ちていくのを、確かに感じた。
「う……うあああああああああ!!」
俺は自分でもビックリするぐらいの力を振りしぼり、抱えられた腕を振り払う。そして、壊れてしまった腕時計を、やさしく持ち上げる。
見ると、ガラスの部分は粉々に砕け、長針は折れて、短針はねじ曲がっている。もう、どうしようもない。
ハハ……ハハハハハ。だめだ。もう何もかもどうでもよくなっちゃった。
俺は腕時計を大事に抱え、力なく立ち上がる。そのままフラフラと教室の扉に向かい、廊下に出て行った。
いきなりの俺の行動に、動きが止まっていた3人の男子だったが、茶髪の男子がハッとして俺に向って叫ぶ。
「お……オイ! てめぇどこいくんだよ!!」
あぁ~~俺どこ行くんだろう。自分でもわかんねぇや。うぅ~ん、そうだな。楽になれる場所に行こう。
気が付くと俺は屋上にいた。フェンスを乗り越え、へりに立つ。両手の平に乗せた無残な腕時計を眺めていた。
心地よい風が俺を包む。
ねぇ、父さん、母さん。もういいよね? 俺、がんばったよね? 流石に限界だよ……
俺は壊れてしまった腕時計を抱え、振りかえる。そしてゆっくりと体重を後に向け、空へと身を投げた。
その時、屋上の扉からすごい形相で走ってきた一人の男子生徒が見えた。そいつと眼が合う。
「智久君!!」
遠くの方から俺を呼ぶ声がした。
今更おせぇよ……
最初のコメントを投稿しよう!