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「中井だ。最初の“ト”はその掛け声みたいなものだ」
すかさず幸一が横からフォローを入れた。
ついでにさりげなく中井のすねを蹴った。
「ああ、中井さんか。なんだ、時期的なギャグかと思ったよ」
「な、中井かなこです」
改めて言い直し、中井は頭をぺこりと下げた。
「ん――あ、いや。違うかな」
「どうした、哲」
「いやぁ、昔似たような名前の人が知り合いにいた気がしてな」
哲は幸一の幼なじみのような存在だ。
幸一の隣の家に住んでいた“中井可奈子”のことも知っていた。
「ほら、雪崎の初恋の人だろ? でも、随分前に引っ越したはずだし……」
中井は口を両手で覆い、驚いたような表情で幸一を見る。
どうも初恋というワードに引っ掛かったらしいが、それは“中井可奈子”にであって“中井鹿奈子”とは一切関係がない。
「赤の他人だよ」
「だよなぁ。いや、しかし同姓同名だってなかなか有り得ることじゃないぞ? これも奇跡かもな」
どうやら目の前の友人は、どうしても奇跡に結び付けたいようだ。
幸一にしてみれば、哲に黒嶋羽生のような可愛い彼女がいる方がよっぽど奇跡だと思えた。
もちろん、哲は悪い奴じゃない。むしろいい奴だが、モテるタイプではない筈だったのだが。
「奇跡も何も、こいつは――いや、何でもない」
名前が同一なのも当然だ。
幸一の母が言った名をそのまま名乗っているのだから。
しかし、そんなことは説明出来ない。
それを説明するには、そこに至る経緯まで一から説明しなくてはならず、おそらく世間的常識から外れていないであろう友人は、幸一の発言をとって本気で心配しそうだからである。主に頭を。
第一、説明するのも面倒だった。
「ほら、行きますよ。時間は待ってくれません」
「雪崎、中井さんの言うとおりだ。時間とはいくらあっても足らないものだ。お前と中井さんがよろしくする時間も、俺と羽生がいちゃつく時間も限られているわけだよ。だから、ほら。どっかいけ」
虫でも払うかのように手を扇ぎ、哲は幸一に退席を促す。
誘ったのは哲だというのに酷い仕打ちである。
「まあ、誰にとっても正しい判断だろうよ」
「間違いありません。ご友人の言う通りです。ほら、行きますよ」
「じゃあな、雪崎」
「さようなら」
そのカップルに苦笑だけを返し、幸一は中井に引きずられるように場していった。
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