第一章

29/35
前へ
/60ページ
次へ
   瞬き一度の間に、中井の雰囲気が変わったような気がした。  具体的にどう変わったかは言い表しにくい。  特別なしぐさや、表情が変わったわけではない。  ただ薄く微笑むその笑顔は、慈愛に満ちているが慈悲には欠けている。  信ずる者は救うがそれ以外は切り捨てるような、そんな神様のような印象を受けた。  そして、中井は独り言のようにぽつりと呟き始めた。 「――3月24日16時、姉のお菓子を勝手に食べましたね?」 「へ?」  唐突な問い掛けに、幸一は思わず間抜けな声を漏らす。  ゆみに対して言っているようだが、問い掛けというより確信したものを突き付ける断罪者のようでもあった。 「――4月10日、母親の言い付けを破って深夜ドラマを見ていましたね? 4月23日、友人に黙って消しゴムを使いましたね? 5月2日、落ちていた五百円を自分のものにしましたね? 5月2日、――」  ゆみが犯したであろう些細な罪を、中井は淡々と、本人の前で暴露していく。  ゆみ自身しか知らないであろう事実さえ、罪の意識をえぐり出すように突き付けていった。  その無慈悲な断罪に、ゆみの顔は次第に蒼白していく。 「――8月23日、市民プールで飛び込み禁止を破りましたね? 8月……」 「おい、中井! やめろよ!」  幸一は中井の肩を掴んで強引に止めさせる。  命令に従う機械のように、中井は素直にそれを中断した。  が、それは提示作業を中断しただけだった。 「以降、現在に至るまでに計148点に及ぶ減点が発生しています。これらを差し引き、柊由美に対する与福を決定します」  ゆみはすでに顔を伏せて耳を塞いでいた。  幸一も、中井の言動にただ唖然としながら、絶句するばかりだった。  ロマンとは程遠い、大学入試のような減点方式でのプレゼント算出。  幸一は、改めてサンタクロースという奴を嫌いになりそうだった。  ましてや、それは本当に些細なこと。  あるいは消化され、許しを得たであろうことも含まれているに違いない。  それらが全て事実であったとして、それを提示することで誰が得をするのか。 「それが、何だ? おい中井、そんな罪の暴露が“お前ら”の仕事か?」 「そうです」  中井は幸一の視線から目を逸らすことなく、きっぱりと、切り捨てるように断言した。  あまりの迷いのなさに、思わず幸一は言葉を継げずに肩の手を離す。  
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

54人が本棚に入れています
本棚に追加