第一章

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   中井は再びゆみに視線を落とし、その小さな頭にそっと手を置いた。  ゆみは身体をぴくりと跳ねらせ、畏れるように中井を見上げる。  ――ふいに中井は朗らかな笑みを浮かべた。 「減点148――あなたはとても良い子だったようですね」 「ふぇ?」 「少し早いですが、プレゼントを運びましょう。靴下に入りきれませんが――」  そうして中井はゆみの視界から外れるように身を引く。  幸一も思わず身を引いて、ゆみの視線の先を追った。 「あ――お姉ちゃん!」  人混みの中で、焦燥感に顔を歪ませる少女が一人、振り返った。  一目で二人の視線は交差し、そしてどちらともなく駆け寄る。 「お姉ちゃん!」 「ゆみ!」  そこにいたのは紛れもなく、ゆみの姉だった。  それはまるで奇跡のように、“何か”が彼女を導いたのだ。  幸一は目を丸くしながら中井の方を振り向く。  ここぞとばかりに屈託のない笑みで、その自称トナカイはピースした。 「人間の持ち点は、あなたが思ってるほど低くありませんよ」 「いや、なんつーか……本物なんだな」 「まだ疑ってたんですか?」  中井は呆れたように苦笑する。 「あの、ありがとうございます!」  幸一のもとにゆみが寄ってきて、ぺこりと頭を下げた。 「いいよ、礼ならそっちの奴に」 「いえいえ、プレゼントを運ぶのがトナカイの仕事ですから」 「トナカイ?」  ゆみは中井を見上げながら小首を傾げた。  理解出来ないのも無理もない。  そこにいるのはダッフルコートを着たポニーテールの怪しい女であって、体毛に覆われた四肢哺乳類ではないのだから。 「実は私、トナカイなのです。サンタクロースのソリを引く生き物。知ってます? ゆとりにはわかりませんか?」 「ゆとりとか言うなよ」 「知ってるけど……何で人の姿をしているの?」  子供らしいストレートな質問だ。  幸一も聞きたかったのでちょうど良いタイミングである。  しかし中井はやや考える様子を見せてから、 「……内緒」 「まあ、そんなこったろうと思ったけどさ」  しかし、どうやらその(よく言えば)神秘性がゆみの心を捉えたようで、心なしかその瞳が輝きを放っていた。  童女だから許されるメルヘン思考が働いたのだろう。  
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