第一章

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  「ちなみに効果持続はこの世界の時間で30分程度です」 「そんなに短いのかよ、一晩でプレゼントを運び回るには足りないんじゃないか?」 「優秀なトナカイほど効果持続は短いんですよ」  目の前のトナカイが優秀だとは思えないので、普通のトナカイは恐らく数十秒単位に違いない。 「では、30分後に会いましょう。ご武運を」  中井は手にしたベルの上部についたリボンを摘み、軽く手首で振った。  音もなく、煙が大気に拡散するように中井が消えていった。 「居ました、12時の方向! あの走り出した子を追ってください!」  姿は見えず声だけが聞こえる。  言われた通りに真っ直ぐ見据えると、人混みを縫うように走る少女の姿が一瞬見えた。 「先回りしますので追いかけて!」  その姿を追って幸一は駆け出す。  距離と人混みのせいで、見失うか見失わないかの瀬戸際である。背格好を観察する余裕もない。  途中、路地裏に方向を変えたが、幸一はその路地裏には入らない。  クリスマス以外ではこの界隈を遊び歩いているのだ。どの道から入ればどこから出るくらいのことは把握している。  その路地裏はコの字になっているだけで他に出口はない。そのため直進した方が早いのだ。  案の定、少女が出てくるより先に幸一が出口に辿りついた。  幸一はそのまま路地裏へと入っていく。  曲がり角の先から足音が聞こえてきた。  このままいけば、正面から出くわすだろう。  30分もいらない。10分かかったろうか。  呆気ないゲームクリアに幸一はほくそ笑む。  だが――忘れてはいけなかった。  今年の不幸は、一日早かったのだと。 「はぁはぁっ――」  曲がり角から飛び出す少女。  幸一を正面に見据え、一瞬怯んだ後、後ずさることもなく立ち止まった。  幸一もまた、捕まえようとせずに立ち尽くす。  目と目があい、互いに全力疾走した後だというのに呼吸が止まった。  酸素が回らず頭が真っ白になる。  しかし、意識は何とか踏み止まり、そして――後退したのは幸一の方だった。  信じられないものを見るように、壁際まで後ずさる。  少女はどこか悲しげな表情を見せながらも、身を翻して走り去る。  ――何故だ。  理解出来ない。  彼女はサンタクロースじゃない。  じゃあ何故逃げた?  ならアレは彼女じゃない。  じゃあ何故あんな表情を?  
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