第二章

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   言葉が出なかった。  何を言えばいいのかわからない。  責め苦も、強がりも、今は何も言えなかった。  それほど幸一にとっては衝撃的かつ絶望的な不幸だったのだ。 「まずい――!」  ふいに、小夜子は何かを避けるように壁際に寄る。  次の瞬間、見えない何かが幸一に突撃した。 「っ痛ぇ! 何だよ!?」 「すみません!」  聞き覚えのある声とともに、うっすらと姿を現すポニーテールの少女。  七つ道具の一つで姿を消していた中井だった。 「中井か、てめぇ何しやがる!」 「いや、わざとじゃ……」 「シフォン」  呼びかけられた真名に、中井は振り返る。 「久しぶり。相変わらず落ち着きないのね」 「あ、あ、……」  口を開けたまま、拝むように両手を掲げ、目を潤ませる中井。  その視線の先には、幸一の想い人であり、中井の探し人である叶小夜子ことサンタクロースの姿があった。 「マイガーーーーール!」  勢いのままに中井は飛びつき――回避されて転がった。 「か、叶?」 「ゴメン、今はまだ捕まるわけにはいかないし。見逃して、くれるよね?」  強い視線で懇願する小夜子に、幸一は思わずたじろぐ。  中井は勢いが強すぎたのか、地に伏したまま目を回していた。 「何で逃げるんだよ」 「それは――」 「う、うーん……ハッ! サンタ様!?」 「ゴメン、雪崎くん。シフォンのことお願い」 「お願いって」 「エサは三食あげてね。嫌いなものはないけど、健康にも気をつかってあげてね」 「そこまでお願いされんの!?」 「じゃあ、また」  小夜子は再び路地裏を駆けていく。  今度こそ、幸一は追いかけられなかった。 「中井、大丈夫か?」  走り去る小夜子に腕を伸ばして倒れ伏す中井に、幸一は手を差し延べる。 「かたじけない」  幸一の手をとり中井は立ち上がる。  ダッフルコートと膝の辺りが汚れてしまったので、軽くはたく。 「まさか、こんな不幸があるなんてな」  吐き捨てるように呟く。 「悪い、せっかく見つけたのに捕まえられなくて」 「いえ。サンタ様と、お知り合いでしたか」 「まあな」 「――すみません。逆に嫌な思いをさせてしまったのではないですか?」 「かも、な。けどいずれにせよ事実なんだから仕方ないだろ。向こうは知ってたみたいだし。気にするな」 「ありがとうございます」  
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