第二章

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  「厳密にはね、やめたわけではないんだ」  軽く微笑しながら、小夜子はそう言った。 「サンタがサンタの意思でサンタをやめることは出来ないの」 「制約みたいなものがあるのか?」 「そうじゃなくて、人間は人間の意思で人間をやめられる? 『俺は人間を止めるぞー!』なんて叫んでも雪崎くんは人間を止めることは出来ないでしょ? ほら、言ってごらん、『小夜子、俺は人間を――』」 「言わないから」 「エロゲやめますか、人間やめますか」 「なあ、叶」 「サンタでいいよ」 「カナエ。――真面目な話をしにきたんだ」  小夜子はそっと視線を外して、自嘲ともとれるような小さな苦笑を漏らした。  そして深い色の瞳で幸一を見据える。 「雪崎くんは人間を止めたいと思ったことがある?」 「……いや、ないよ」  辛いことは沢山あった。  けれども人間を止めたとしてもそれが消えるとは限らない。  そもそも、そんな考えに至るほどに不幸でもなかった。  不運ではあったが、人間の中から言っても、きっと幸一は“幸せ”な部類だった。  両親がいて、学校に通えて、寝食に困らず、戦があるわけでもなく、ほんの一日だけ不幸な日が一年にあったとしても、他の364日はきっと普通の“幸せ”な人間だったから。  小夜子は湯気の立つカップにふぅと息を吹き掛ける。  ゆらゆらと上る湯気のベクトルが、一瞬だけ歪んだ。 「名も無き運び人と名も無き従者。決められた生涯、終わらない生涯。自分と他者の境界が虚ろな種族……それが私、“サンタクロース”。シフォンも、ずっと昔はどこにでもいるようなただのトナカイで、無個性で、仕事に生涯を捧げることでしか価値を見出だせないような存在で。私達はそれが――嫌だった」 「――」 「だから、シフォンには名前を与えたし、私は私であるよう心掛けていた」  人間が持つイメージとは掛け離れたサンタクロース。  有り得ない言動のトナカイ。  個性――それが彼女達を形成するもの。あるいは絆。  ――私はこれから“かなこ”と名乗ります。  どうでもいいようなことを真面目に口走る。トナカイ。  主人に捨てられた彼女が欲しかったかもしれないもの、取り戻したかったかもしれないもの。  しかし―― 「あいつと一緒にいることで、“お前”は“お前”でいられなかったのか?」  
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