第二章

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   幸一の問い掛けに、小夜子はただ静かに、ひたすら優しい笑みで、首を横に振った。 「シフォンだけが私の支えだった。彼女を通してだけ私は私でいられた。彼女と私は互いに客観であり、互いに主観だった」 「じゃあ――」 「ええ。だから、私もそんな永劫のような存在の苦痛にあってもサンタクロースをやめたいとは思わなかった」  けれど、今いる小夜子はサンタクロースではない。  厳密にはサンタクロースを止めたわけではないと言うが、事実上その仕事を放棄している。  幸一は――いや、中井はその理由が知りたいのだ。だから幸一は代弁して再び問う。 「なんでサンタクロースをやめたんだ」 「人間の善と悪に点数をつけ、その結果に応じて“プレゼント”を与えるのが私の仕事――知ってた?」 「……ああ、ついさっきな」  中井が迷子の子供に与えたものがそれだ。  その行為は、サンタクロースを否定し続けた幸一にあっても、見直さざるを得ない御業だった。  しかし、それを語る小夜子はそれとは別の感情を瞳に映していた。 「この国ではないけれど、とある貧しい地域に飢えた子供がいたの。その子供は、生きる為に沢山の悪事を働いた。盗んで、騙して、奪って――けれど長くは生きられず、大人になる前に命を落とした」  昏い瞳。  中井の話をした時の優しい眼差しは、消えていた。 「世界が宗教色もださずに浮かれる祭日に、その子供は死んだの。些細な事故だった。有り触れた、偶然による事故――プレゼントの結果」  息を飲む。  善悪の結果によるプレゼント。  それが子供であれ、大罪を犯したとして、幸一が十年以上かけて未だ消化しきれていないような“不幸――プレゼント”が一日で与えられた場合、それはどのような結果をもたらすのか。  考えてもみなかった。  サンタクロースは人の願いを叶える、ただ、それだけの存在だと思っていた。  しかし、事故にせよ幸一自身がそれを否定しえるものを抱えているのだ。 「死神――そう、思った?」 「思ってない」  思ってないが、一方の事情としてそれを完全に否定出来るかどうかは、論理が成り立たなかった。 「それを知ってしまった私は罪を犯した。大きな罪。同じように、“不幸な大罪を犯した子供”に与える筈だったプレゼントを――それが無意識の行為だったかは今となってわからないけれど――この手から、“取り落とした”」  
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