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ふいに、幸一と同じように、中井がベッドに身を沈めてきた。
狭いベッドであった為、必然的に寄り添う形になる。邪魔くさいことこの上ないが、幸一は退かすことさえ煩わしそうにただ中井に背を向ける。
「一つ、あなたが不幸から解放される方法があります」
横たわった中井がそんなことを呟いた。
彼女の思いがけない一言に、幸一は思わず跳ねるように上体を起こす。
「なんだって」
「簡単です。あなたがサンタクロースになればいい」
その期待外れ甚だしい返答に、幸一は再びベッドへ倒れ込む。
「それは、ある意味人生規模の不幸だよ」
今日、今までの話を聞いたその上で、サンタクロースになりたいなどとは思わない。思えるはずがない。
幸一がサンタクロースのせいで不幸になったことを差し引いたとしてもだ。
善行を酌量材料に不幸を減らす、あるいは幸福を与える――あるいはその逆、小さな悪行さえ暴いて、それを因果に応報を下す仕事。
世界に何人いるか知らないサンタクロースがその仕事に誇りを持っていたとしても、幸一はその仕事――行為を、決して自分の手で行いたいとは思わない。
それだけの“責任”は、きっと自分の器量では背負えない。
「だいたい、そんな簡単になれるものなのかよ、サンタクロースってのは」
「簡単にはなれません。逆ならまだしも、人間からサンタクロースになるなんて、並々ならぬ素質が必要です。けれども、あなたはその素質を持っていると、私の動物的カンが教えています」
「そりゃあ期待が高まるなー」
「何と言う棒読み……いっそ暴読みと言い換えたい」
「何にせよ、サンタクロースになるつもりは毛頭ない。サンタクロースになるくらいなら、人間らしく不幸に死ぬ」
「それこそ大袈裟な。まあ、拒否するだろうとは思っていたので今まで言わなかったんですけどね。あまりに深刻そうだったので」
「まあ、確かにそうすりゃお前の主不在の問題もある意味で解決するしな」
「ああ、まあ、それは確かに。気づきませんでしたね、ははっ」
そう言って中井は力無く笑う。
あるいは、二人であれば傷を舐め合うことも出来る。
だがそれは――それこそ不毛だ。
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